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2004年 11月 01日
マネー・ハッキング / 幸田真音著
地道に働いてきた女性行員が、ある日ハッカーの手伝いをすることになる。
それは20年間尽くしてきた銀行にリストラを言い渡された日。
自分は誰かに必要とされているのか、自分には何ができるのか・・・。

外資系の中で花形ではない事務屋として働く女性の葛藤を描き、同時に
経済に詳しくない人でも、外資金融の一面をすんなり理解することができると思う。


シチュエーションが「銀行」やら「インターネット」などとなっているけど
主人公の女性は、別に主婦でも構わないのかな(笑)

言い換えれば
 「ずっと夫(会社)に尽くしてきたのに、突然離婚(リストラ)を言い渡された。
  私はこれから、何を生きがいに生きていけばよいのかしら。」
という主人公が、自分の本当に生きる場所を探し出しそれに向かってがんばっていこう!
で終わる。

誰か(何か)に依存している人は強いようで弱い。
依存する核心は自分自身の中にないとだめなのかもしれない。

そして、自分以外の誰かに生きる糧を求める場合は、決して見返りを求めてはいけない。
会社、夫、子ども、に対して無償の愛を捧げている間は、なりふり構ってないので
そーとー強い。
でも、それを一度見失ったら、自分の進むべき道も見えなくなってしまう。


「誰かのため」と思っていても、結局は「自分が生きるため」なのだから。



以下、マネー・ハッキング内容
---
ネット金融犯罪!この驚くべき巧妙な作戦とは?
インターネットを使って、外銀ディーラー、女性銀行員、青年ハッカーの3人が、
恐るべきマネーゲームを始めた!
銀行の決算業務、デリバティヴ、債券市場の仕組みを巧妙に操り、
瞬く間に数億円を稼ぎだす。世界を舞台にするオプション取引の凄い手口とは?
迫力ある金融犯罪小説。『インタンジブル・ゲーム』改題。
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by nobiko9 | 2004-11-01 20:44 | 考エル
2004年 10月 28日
愛と永遠の青い空 / 辻仁成著
妻に先立たれ、息子夫婦との生活の中で居場所のない主人公が
真珠湾攻撃を経験した戦友二人とハワイを訪れる。
そこで妻への愛、友情、死、永遠といった普遍のテーマについて考えさせられる。

愛と永遠の青い空 を読んだのは一ヶ月くらい前。
以下は、そのときにつらつらしたもの。

--------------

私は生き急いでいる。
時間が足りない。
眠りにつくことさえ惜しまれる。

もっと多くのものを見、聞き、感じ取りたい。

この世界に、宇宙において自分の存在なんて儚いものだ。
一瞬にも満たない。 だから、もっと、もっと・・・。

水族館の中で廻りつづける回遊魚のように、止まることができない。
迫り来る恐怖から逃れるように 闇に飲み込まれないように
走りつづける。

その中で出会った人に ひと時心奪われ立ち止まったとしても
新たな風に頬をなでられれば 思い出す。
せかされる。

別に目標があるわけではない。
目指す場所があるわけでもない。

ただ

限りある時間の中で 自分に何ができるのかを考える。
何が残せるのかを考える。
ありきたりかもしれないけど 生まれてきた意味を考える。

残された人の記憶の中で生きていくのか
世界の記憶の一部になるのか。


愛と永遠の青い空 にこんな一節がある。
自分の今生きている世界が全てだ。
自分の命が尽きたとき、
それでも変わらずこの世界が存在しているなんて 
僕にはどうしても想像できないんだ。
輪廻転生もなければ 天国もない。
後世に語り継がれる器じゃないのも分かってる。

ただ、その時に気付いてももう遅いんだ。
現実に目を背けて 日常の雑多なことに追われている場合じゃない。
一生を振り返ったときに何を思うのか、その時にどうありたいのか。

でも
そしたら

私は その時のために生きているのだろうか。
それとも 生きている代償としてその時があるのだろうか・・・


本の内容
--
真珠湾攻撃を経験したパイロット三人は、50年後のハワイに立った。
彼らの前に現れたものは?。生命のたぎりを感じ男たちは、
愛と生の復活を賭けあるプランを決行する。感動の書き下ろし長編。
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by nobiko9 | 2004-10-28 11:59 | 考エル
2004年 10月 27日
家鳴り / 篠田節子著
家鳴りは7つの短編からなる。
この中の1編「幻の穀物危機」を読んだ後に、新潟中越地震が起き、
ただのホラーだとは思えなくなった。

東京で大地震が起き、ライフラインを絶たれた人間が難民として
地方に流れ込んでいくというもの。

東京は水も食料もない砂漠の土地なのだ。

新潟には井戸水があり、米が取れる。
土地があり、避難できる場所がある。

同じことが東京で起こったら、私は絶対に生き延びてやろう。
「いつかのために」ではなくて、「今」起きるかもしれない最悪に備えるのは
今からでも遅すぎるくらいだ。


-- 以下本の内容
ありふれた日常の裏側で増殖し、出口を求めて蠢く幻想の行き着く果ては…。
巨大地震が引き起こす食糧危機、
老女の心の中で育まれた介護ロボットへの偏愛、
摂食障害のために限りなく肥満していく女、
豚の世話だけに熱中する孤独な少年の心の爆発―。
抑圧された情念が臨界まで膨れ上がり、
過剰な暴力となって襲いかかる瞬間を描いた戦慄の七篇。

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by nobiko9 | 2004-10-27 19:37 | 考エル
2004年 10月 21日
料理の評論→自己判断


友里さんのコラム「行っていい店、わるい店」が好きで、ほぼ毎日チェックしている。
いろんなところで いろいろと言われてるみたいだけど、
こういう批評をする方も必要じゃないのかな、と思う。

今までの評論家(でいいのかな・・・)の方たちは 単に
どんな味がするとか素材がどうだとかと言う話をしていた。

でも、ぶっちゃけ 私のような一般人に そんな微妙な味の違いなんか分からないと思う。
いや、分かる人には 分かると思いますよ、もちろん・・・

んで、今日のコラムで友里さんが言ってるような
オピニオンリーダー(と思われている方)による思い込み・価値観の刷り込みは
少なからずあると思うので 別の切り口でお店の判断をする基準を示してくれる
人も重要だな、と。

食べるときにいちいち原価率を考えるわけじゃないけど
帰り道に
 「今日は満足♪ あぁ、また食べにきたいな。」
と思うお店って、いいサービスされたところか CP高いとこだと思う。
(私の場合 おいしいだけでサービス悪いところにもう一度行こうとは思わない。)

友里さんの場合 漠然と 「おいしかった」 「満足」 「いいお店だった」
という感想を 持ってる情報と照らし合わせて理論的に延べてるだけなんだよね。

「料理」の評論じゃなくて 「お店」としての評価に重点を置いてる。

んで、最終的には
 「自分で食べるんだから 自分の基準で 食べて 感じて 評価しろ!」
ってことじゃないかな。
世の中から、メディアから 指示されているように見えても
それを自分の基準で判断もしないで 鵜呑みにするな というね。
みんながみんな 味だけで評価できないし、感じ方も違うし。


さぁ~て、私も 日々精進しよーっと。
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by nobiko9 | 2004-10-21 19:11 | 考エル
2004年 10月 20日
記憶のカケラ 永遠の一部

最近 よく既視感に襲われる。
脳の裏っ側に 何かがはりついてる感じ。

目を凝らしてみても カケラを集めようと必死になっても
するりと 指の間から零れ落ちて
その感触だけが残っている。


夢で見たのか 過去の記憶なのか 私の欲望なのか


一日一日は忙しく おそらく「充実」なんてことになってるんだろうけど
思い返してみても 何か実りがあったようには思えない。

昔から 記憶力がいいほうじゃない。
子どもの頃の記憶も 映画の一場面のように断片的に見えるだけで
前後のつじつまが合わない。

旅行、学校のイベント、何気ない会話・・・
薄れていく記憶

当時は毎日の生活が それだけで埋め尽くされていたというのに。

いい思い出も、嫌な思い出も 私の中から消えていく。
村上龍さんが 
 「この世界は 誕生してから生まれてきたものの記憶でできている」
って言ってたけど、私はこの世界の構成者にはなれないのかな。

永遠なんてことばを信じてるわけじゃないけど
永遠の一部になれないのは ちょっと悲しい。

誰も自分の中にいないし 誰かの中に入れる気もしない。
自分の中のカケラさえ 見つけられないのに。
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by nobiko9 | 2004-10-20 18:49 | 考エル
2004年 10月 19日
ショップと客の関係って。
 先日、有名な某カリスマ美容師が大麻使用容疑で逮捕された。
といっても今日の問題は大麻ではなくて、この美容室の経営方針。


「お客さんに『いらっしゃいませ!』と言うより『ヨォ~!』って気軽に声を
かけたほうが、親近感が湧いていい。
http://www.president.co.jp/pre/19990900/01.html


ここでは「店と客」の関係よりも、擬似「トモダチ」を演出することで
客に心地よさを味わってもらうらしい。
私が良く行くショップでも店長とメンバーの意見が真っ二つのようで
客と遊ぶと店長から怒られるらしい。
  「おまえはここに友達と遊びにきてるのか?」
と。

もちろん、一つのウリとしての営業姿勢であればいいかもしれないが
(といってもそれなりの覚悟と教育が必要だと思う・・・)個人的には好きくない。

仲いいのは確かに楽しいけど、私は「客」、でいい。
それ以上でもそれ以下でもない。
友達になりたかったら、外で会えばいいんだし。
店の中で「営業」か「プライベート」かなんて分からない。
あえて親近感をウリにする意味がよく分からない。
それだけ現実の世界で親近感に飢えているヒトが多いのだろうか。
ツマンナイの。
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by nobiko9 | 2004-10-19 22:05 | 考エル