2007年 10月 18日
好きだと気付いて以来、初梅。part4
 
土曜日のお昼前。
私は新幹線の指定席で弁当を食べていた。

久しぶりのお酒は二日酔いにもならず
思いのほかすっきりとした目覚めをもたらしてくれた。

祖母の見舞いのため
私は東京から300kmほど離れた地を目指していた。

前回会った時は病院の談話室で美味しそうにプリンを食べ
笑いながらジュースを飲んでいた祖母も

危篤状態の今、会話ができるかどうかは分からないと言われた。


新幹線から鈍行に乗り換える。

ホームへ歩いていくと
2両しかない電車が静かに待っていて。

ボタンを押してドアを開ける。

中では学生が楽しそうに会話をしているが
何を話しているのか理解できなかった。


15分ほど揺られて目的地に到着する。

その病院のために建てられたような無人駅が
原っぱの真ん中にぽつりと佇んでいて。

切符を持っているのに申し訳ないような気持ちになりながら
誰もいない改札を抜けた。


風が東京よりも冷たくて、上の空のまま歩き出す。

わらわらとせり出した赤萩が
気持ちよさそうにそよいでいる。

目の前にあるように見えた病院までは
思ったよりも距離があって

気付けば散歩コースをなぞりながら
エントランスまで導かれていった。


病室では、呼吸器をつけ、点滴を打たれ
一回りも二回りも小さくなった祖母がベッドに寝ていた。

腕も足も真っ白で棒のように細く
その姿からは

もんぺ姿で畑に出て、ころころと笑っていた面影が
すべて奪われていったようだった。

そしてそれは数年前に亡くなった
もう一人の祖母の姿と重なった。


病室にいる人間は皆
祖母の死を覚悟していて

それでも決して認めたくないという意思のようなものが一致していた。

彼らはそれぞれに祖母に話しかけ
思い思いに昔話をしていた。

人間の器官のうち、聴覚は最後まで残っているというのは本当らしく
誰かが何か言うたびに、祖母は瞼を開けようと必死になっているように見えた。


食事を食べられなくなり、トイレに行けなくなり
痛み止めを打つ間隔が徐々に短くなっていって。

そうして祖母は少しずつ、ゆっくりと
まどろんだ意識の中で死に向かって準備をしているようだった。


話しかけることもできず、広い病室を見回す。

大きな窓からは力強い太陽の光が降り注ぎ
その行為自体が祖母の体力を奪っているように思えた。

テーブルに置いてある綺麗な花の花びらに触れてみると
ざらりとした感触で、水分が全く感じられない造花だった。

私はそれが、瑞々しい花と青々とした葉でないことに安心した。
無邪気に元気なのは太陽だけでたくさんだ。


不思議な感覚だった。

悲しむのも、憐れむのも、苛立つのも違う。
何か、プラスになる感情を探した。

直る見込みのない病人の見舞いなんて
見舞うほうの自己満足でしかないのに

でも、私は。
祖母に会いたいからここまで来た、でいいと思った。

こういうシチュエーションに遭遇すると
いかに私達が必死になって日常を作り出しているかということが分かる。

何もすることができず、何かするのもよくない気がして
一人病室を出た
 
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by nobiko9 | 2007-10-18 00:51 | 恋愛スル


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